白昼堂々航行中

味方は愛と限りある時間

彼らには神話の住人であってほしいのかもしれない

なんちゃって崇拝してるポエム、くそぬるいオタクが何言ってんだという感じです

生身っぽさをなるべく感じたくないというか、自分のいる世界が彼らアイドルのいる世界と繋がってるなんて考えたら自己否定感で潰れそうっていう、なかなか自分が大きい話です。

殊勝なことを言ってるようなタイトルですが、自分がアイドルに押し付けているものがこういう考えってだけです。

「彼らだって人間だよ!」って至極真っ当な考えは数日前に置いてきてしまった

 

 

 

彼らには、彼らのきらびやかな世界にいてほしい。

(おそらく、それ以上にきつい世界なんだろうけども)

 

こちらの、この世界と地続きの世界に彼らが存在するなんて、

そりゃ当たり前のような事実なのだけれど、

なるべく、それを自覚せずにいたい。

 

それは多分、夢から醒めてしまうから、

そして、自分を顧みてつらくなるからなのであろう。

 

私はおそらく彼らに夢を見ていて、そして現実から一時逃れるために彼らを観る。

それは現実での活力にもなる。

その場では夢を見ていたい。

そう思うからこそ、彼らを現実なる人とは思っていないのかもしれない。

 

ステージと客席の間には厚いガラスの帳が下りているように思えるし

(ライブが盛り上がらない比喩ではなく、ただ世界が違うという意味です)、

生放送でもテレビの中は向こうの世界だという印象が大きいし、

彼らの目撃情報を目にしたときは、

ああ、下界に降りてきたんだなんて冗談ながらに思ったりする。

 

特に、彼ら自身が公に即時性・同時性の高いようなSNSをあまりやっていなかったり、

このご時世にしてはインターネットに写真が載っていなかったり、という点で

今この時代の世界の延長線上としてのリアルタイム性に乏しい。

生きてる、その素が見えてこない。

生身の彼らが踊っている・歌っている・喋っている映像は見ているはずなのに、

生身っぽさを感じにくい。

 

書いていて不思議な気分、

普段から彼らが踊ったり歌ったり喋ったりしているのを生でも映像でも見ているはずなのに

それよりもネットの写真やツイッターなんかのほうが生身っぽさやリアルタイム性を感じるのか。

そしてその中に雑誌なんかのインタビューが入ってないのは

編集の手がかなり入っているだろうっていう憶測があるからなのか。

それとも媒体の問題なのだろうか。

私は何に生身っぽさを感じているのだろうか。

 

 

そういう在り方も含めて好きなのだ。

彼らは厳密にはアイドルではないのかもしれないけど

私にとってはアイドルだ。

雲の上の存在であってほしい。

  

 

そしてもう一点ネガティブな理由として。

彼らを同じ人間として認識し自分を顧みると、つらいのだ。

とっても。

なんであんなに彼らは頑張っているのに自分は頑張れないのだろう、

と陰鬱とした気分になってくる。

 

彼らの努力だったり周りの力だったり

(この周りの力を得るためにも力が必要だったりするんだろう)

いろんなことが絡み合って彼らは在るわけで、

この考えはその努力やら生き様やら人間性やら色んな物を否定しているようで、

ほんとに自分はクズだなと惨めになる。

 

彼らを人間として捉えることは、自分を見つめ直すことでもある。

だから、どうか彼らには別の世界の住人であってほしい、と願ってしまうのだ。 

 

 

本当にあったかどうかわからない、だけど存在を信じられる、

自分とは違う神様たちの世界に彼らはいるはずだと。

(ここには、雑誌やテレビで彼らが語った(とされる)舞台裏のエピソードなども含む)

 

その、ほんとうの舞台裏は出来れば見ずに、彼らがその世界の住人だと信じていたい。

 

だけどもやっぱり、人としての彼らには幸せでいてほしい。

「幸せでいてほしい」は「不幸になることを許さない」と同義ではないけど、

なんだかこの流れで言うと押し付けがましくなってしまう気がする。

 

私が彼らに抱いてる感情なんで全部押し付けなんだろうけども。