白昼堂々航行中

味方は愛と限りある時間

楽曲『Teleportation』に寄せて〜我想う、故にアイドルあり〜

ものすごく今更な上にものすごく傲慢なタイトルで恐縮ですが、中島健人さんのソロ『Teleportation』は私が思うアイドルそのものを歌ったような曲に聴こえてしまうという話です。

さらに私が好きなアイドルは私の中にしかいないのではないかって話を書き留めておきます。

 

最初にも述べましたが楽曲の考察というよりは、この曲が私の今現在のアイドル観に近いようだっていう話です。

いつもながらに自分の存在がでかい文章。

 

もともとの曲はとても近しい関係にある人にすぐに会いに行きたいテレポートしてっていう物語だと思いますが、アイドルとファンの関係にも当てはまるのではないかと思っています。

そして念力を使ってテレポートさせているのは、こちら側なのかもしれないっていうところから始まってます。

 

アイドルのファンであるため一歩離れた第三者でも(全く関係ないという意味ではもちろん第三者なんですけれども)、がっつり彼の担当というわけでもない自分がこういうことを言うのすごく傲慢ですね、

なんだか利用者側が「お客様は神様だ」って言っちゃうみたいな危うい感じもするけど、棚にあげまくります。

 

この曲をアイドルそのものの曲として聴くとき「映画とかテレビとかコンサートとかでファンの前に姿を見せる」みたいなアイドル側の話と、「私の中でいつでも勝手にアイドルを顕現させられる」っていうこちら側の話と両側面があると思います。

アイドル側については完全に憶測になるし、ファン側といっても自分のことしかわからないので(自分のことすらわからないこともあるけど)その話をします。

 

そもそも「我想う、故にアイドルあり」っていうよりは「私たちが思うとき、いつもアイドルはそばにいる」みたいなのの方が近いかもしれないです。

 

私が想ったときにはそこにアイドルはそこに居て彼自身がどんなところに今存在してようと雑誌だったり、映像の中だったり、ラジオだったり、私の妄想の中だったり、アイドルとしての彼はいる。

つまりは、どこにでもテレポートしてくれる。

 

神様のことを蝋燭の火に例えることがあるけれど、それと近いのかもしれません。

蝋燭の火を別の蝋燭に移す、それは同じ火なんだけど違う火になって燃え続ける、っていうイメージ。

移された火も、元の火の一部分とは言えるけれどそれ自体を元の火だとは言えない。

だけどそれを本物じゃないとは言い切れない。

むしろそちらが偶像たるゆえんではと思ってしまう

……偶像を便利な言葉にしてしまう危険が極まってきました。

そもそもこの例えだとテレポートというよりは分身の術かもしれない。

 

 

そして、私が好きなアイドルって、本人そのものというよりは私が頭ん中で思っているアイドルなんだろうなと思います。

これが副題の我想う、になるわけです。

私が見ることが出来た舞台、コンサート、レポ、雑誌、テレビ番組、その人に対するコメント、そんな諸々を自分の中で組み合わせて作り上げたアイドルのことが好き。

 (でもこれって多分アイドルだけじゃなくて、私たち自身もこうやって見られて「らしさ」みたいなものが作られているのだろうな)

 

そう思えば「私が思うとき、いつもアイドルはそばにいる」。

ちょっとあやしい話になってきたけれど、やっぱりご本人の力あっての「私の中のアイドル」で、美しく燃え続けてほしいなというさらなるエゴの押し付けで締めさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャニオタになっての2年間ではじめて経験したことたちなど

平野くんにハマり始めておおよそ2年が経ちました、

ブイエッス!出の新規です。

 

asforidol.hatenablog.jp

 

 

この2年ではじめて経験したことなどを簡単に振り返って記録しておこうかと思います。

 

ハマって数ヶ月ほどにもしていた似たようなまとめ⇩

 

asforidol.hatenablog.jp

 

 

 

1.ドル誌購入 

 

ゲンミツにははじめてではないのですが。

初歩の初歩なんですがレジに持って行くときの気恥ずかしさがなくなるまで時間がかかりました。

どれも個性がそれぞれあって好きなのですがポポロ先生の企画に度肝を抜かれまくってます。

あとは前半誌でたまに横向きの記事があるのも面白いっすね

 

 

 

2.テレビ誌購入 

 

昼休みにテレビ誌を買うのが楽しみになりました。

最初はテレビ誌の区別がつかなくて(同じ日/時期に発売されたものは同じ人が表紙のことが多いので)大変でした。

 

 

 

3.スポーツ紙購入 

 

スポーツ紙ってどこに売ってるんだ…?から始まりました。

コンビニで売ってるのに気付いたときはホッとしました。

あとは地域によってちょっと値段が違うのですね、新たな気づきでした。

 

 

 

4.コンサートDVD購入

 

これもまさかの初めてでした。

おそらく初めて買ったのはSexy ZoneのDVDだったんですけど、

中島健人氏のソロがあまりに神々しくて拝みそうになりました。

 

 

 

 

5.ワイドショーのチェック 

 

いまだに失敗する。

 

 

 

6.ファンクラブ入会 

 

ファンクラブというか、情報局ですね。

カニバ(?)発言のクリスマス動画が消えてしまったことが悔しい。

 

それからnetとwebで混乱しました。

 

 

 

6.チケット申し込み〜当落〜支払い 

 

筆圧の高い自分を憎む、振り込み用紙記入。

倍率の高さに未だにびびっています。

当落メールの来る時間が決まってないのもそわそわしますね。

デジチケのヒヤヒヤ感にも慣れません。

 

 

 

7.コンサート 

 

サマステに同行させていただいたのが初でした。

出てきた瞬間に「いる!まじで存在してる!」って興奮したのを覚えています。

 

独特の文化にも圧倒され続けています。

 

 

 

8.舞台 

 

初めて観たのは博多座のジャニフワです。

(博多座自体からとても素敵な空間でした。)

 

がっつりハマる前までの「私のジャニーズ像」と一番かけ離れていたのが舞台だったかもしれない。

軽いカルチャーショックのような。

幼少期に映画『猿の惑星』を観て知恵熱を出した時以来の衝撃でした

とんでもない世界に飛び込んでしまったなあと、当日は興奮してなかなか寝付けなかったのも覚えています。

 

 

 

 

 

9.遠征 

 

旅行はよくするのですが、観劇が第一の遠征は初めてでした。

帰りの飛行機が飛ばない事件を経験し、

金銭的にも時間的にも余裕を持とうと反省しました。

 

旅行に行くとだけ言って家を出たのに、

帰ったら「ジャニーズ?」って聞かれたの笑った。正解です。

 

 

 

10.大運動会

 

2017年度の大運動会に参加してきました。

 

開幕早々、サマーキング〜プリプリで泣きました。

まさか野球場でペンライトを振りながら号泣するなんて、

2年前の自分に言っても信じてくれなさそうです。

 

練習タイムと最初のショータイムでもう満足レベルだったし、ジャニーさんを初めて拝見しました(多分)。

あとは、はじめて双眼鏡で酔いそうになった。

 

 

 

11.写真集の購入

 

こういうタレントさんの写真集を買うのもはじめてでした。

その瞬間を閉じ込めてあるっていうのが、ほんとうにありがたい。

 

 

 

12.番組協力参加

 

キンステの番組協力に参加させてもらいました。

 

すっごい楽しかったけど、「キングのファンはおとなしい」というような趣旨のことを言われたので、今後はもっと声出してこう。

 

 

 

13.anan購入

 

幼き頃はえっちなお姉さんが読む雑誌だと思っていたので(半分憧れがありつつ)、

まさか自分がこれを買うことになるとは、と心の中でニヤニヤしながら買ってます。

 

 

 

14.漫画雑誌の購入

 

これ自体ははじめてではないのですが、

想定されてる対象年齢層に自分が合致してないようなものを買うことが増えて、

昔手に取らなかったものを今見るというのも楽しい。

 

 

 

 

その他所感

 

正直、ビジュアルとしてはハマった当時が一番好きというかツボなんですが、それでも見るたびに「前より美しい」って思う。すごい。

パフォーマンスに関しても、期待してた以上のものが観れる。すごい。

主演映画も楽しみだし、これからを見られるのがほんとうに楽しみでワクワクです。

 

これからも世界を明るく照らし続けている様を、眺めさせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同人誌『少年ハリウッド感想本』に寄稿しました

同人誌『少年ハリウッド感想本』に寄稿させていただきました。

夏コミ(8/12(土))の【2日目 東 O-45b】にて頒布予定、通販予定もあるそうです。

 

以下、告知ツイッターアカウントからの引用です。

 

 

 ※8/3追記 

 8月20日(日) SUPER COMIC CITY で委託されるようです。

 詳細等は上記ツイッターで確認をお願いいたします。

 

 

私は第5話エアボーイズについて、

いつもの記事と似たようなテンションでつらつら書かせていただきました。

 

タイトルは

「おはなし」としての実体のない男の子たち

です。

 

よろしくお願いいたします。

私も他の方のを読むのが楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らには神話の住人であってほしいのかもしれない

なんちゃって崇拝してるポエム、くそぬるいオタクが何言ってんだという感じです

生身っぽさをなるべく感じたくないというか、自分のいる世界が彼らアイドルのいる世界と繋がってるなんて考えたら自己否定感で潰れそうっていう、なかなか自分が大きい話です。

殊勝なことを言ってるようなタイトルですが、自分がアイドルに押し付けているものがこういう考えってだけです。

「彼らだって人間だよ!」って至極真っ当な考えは数日前に置いてきてしまった

 

 

 

彼らには、彼らのきらびやかな世界にいてほしい。

(おそらく、それ以上にきつい世界なんだろうけども)

 

こちらの、この世界と地続きの世界に彼らが存在するなんて、

そりゃ当たり前のような事実なのだけれど、

なるべく、それを自覚せずにいたい。

 

それは多分、夢から醒めてしまうから、

そして、自分を顧みてつらくなるからなのであろう。

 

私はおそらく彼らに夢を見ていて、そして現実から一時逃れるために彼らを観る。

それは現実での活力にもなる。

その場では夢を見ていたい。

そう思うからこそ、彼らを現実なる人とは思っていないのかもしれない。

 

ステージと客席の間には厚いガラスの帳が下りているように思えるし

(ライブが盛り上がらない比喩ではなく、ただ世界が違うという意味です)、

生放送でもテレビの中は向こうの世界だという印象が大きいし、

彼らの目撃情報を目にしたときは、

ああ、下界に降りてきたんだなんて冗談ながらに思ったりする。

 

特に、彼ら自身が公に即時性・同時性の高いようなSNSをあまりやっていなかったり、

このご時世にしてはインターネットに写真が載っていなかったり、という点で

今この時代の世界の延長線上としてのリアルタイム性に乏しい。

生きてる、その素が見えてこない。

生身の彼らが踊っている・歌っている・喋っている映像は見ているはずなのに、

生身っぽさを感じにくい。

 

書いていて不思議な気分、

普段から彼らが踊ったり歌ったり喋ったりしているのを生でも映像でも見ているはずなのに

それよりもネットの写真やツイッターなんかのほうが生身っぽさやリアルタイム性を感じるのか。

そしてその中に雑誌なんかのインタビューが入ってないのは

編集の手がかなり入っているだろうっていう憶測があるからなのか。

それとも媒体の問題なのだろうか。

私は何に生身っぽさを感じているのだろうか。

 

 

そういう在り方も含めて好きなのだ。

彼らは厳密にはアイドルではないのかもしれないけど

私にとってはアイドルだ。

雲の上の存在であってほしい。

  

 

そしてもう一点ネガティブな理由として。

彼らを同じ人間として認識し自分を顧みると、つらいのだ。

とっても。

なんであんなに彼らは頑張っているのに自分は頑張れないのだろう、

と陰鬱とした気分になってくる。

 

彼らの努力だったり周りの力だったり

(この周りの力を得るためにも力が必要だったりするんだろう)

いろんなことが絡み合って彼らは在るわけで、

この考えはその努力やら生き様やら人間性やら色んな物を否定しているようで、

ほんとに自分はクズだなと惨めになる。

 

彼らを人間として捉えることは、自分を見つめ直すことでもある。

だから、どうか彼らには別の世界の住人であってほしい、と願ってしまうのだ。 

 

 

本当にあったかどうかわからない、だけど存在を信じられる、

自分とは違う神様たちの世界に彼らはいるはずだと。

(ここには、雑誌やテレビで彼らが語った(とされる)舞台裏のエピソードなども含む)

 

その、ほんとうの舞台裏は出来れば見ずに、彼らがその世界の住人だと信じていたい。

 

だけどもやっぱり、人としての彼らには幸せでいてほしい。

「幸せでいてほしい」は「不幸になることを許さない」と同義ではないけど、

なんだかこの流れで言うと押し付けがましくなってしまう気がする。

 

私が彼らに抱いてる感情なんで全部押し付けなんだろうけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステフォ用のキャビネ判アルバムを買いました

ステフォアルバムを買った喜び兼メモをここに記しておきます。

 

そろそろステージフォトが入るアルバムが欲しいなあ…と思っておりました。

あれって何サイズなんだろう?と出先で気になったので調べてみたところ、

こちらの記事に行き着きまして、参考にさせていただきました。

 

mizuki-53.hateblo.jp

 

あの微妙に大きいの、キャビネ判っていうのなら入るんですね!

 

 

そして、近所のヨドバシで探してみると、

ありました!キャビネ判用!

 

ポケットは20枚、お値段は340円くらいでした。

 

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表紙は半透明で、表紙・背・裏表紙に少しずつ文字が入っています。

そして横から入れる式。

 

早速ジャニアイのステフォを入れてみました、

袋のまま入るぞ!

 

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…そこそこギリギリなので丁寧にやらないと破れます、

自分は1ページ目の入り口を少し破きました…

しかしその分、固定されてほとんどズレません。

 

この方法だと表裏で2枚入れるのはきついので、

収納できるのは20枚ですね。

 

 

 

 

 

そして、Amazonにもあった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、見つけられたのはブルー、イエロー、ピンク、グリーンの4色です。

 

以上、ステフォが収まるアルバムを見つけた喜びの報告兼メモでした。

 

 

 

 

 

 

以下、おまけ

 

Amazonで調べて、ようやく私が購入したのがグリーンだと気付きました。

 

確かにちょっと緑っぽいし、ちゃんと裏にグリーンって書いてある…

 

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お店にあったのがイエロー・ピンク・グリーンの3色だったので、

青く見えたんですね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Hey you!」に(勝手に)救ってもらった

最近の心持ちとしては、いつも心に、「Hey uou! どうだっていいじゃん」な元・真面目ちゃん(≠頭がいい)がSexy Zone「Hey you!」に救ってもらった話(ほぼ自分語り)です。

 

 

いつも以上にコンプレックスの塊がうじうじしてる文章になりました。

 

以下、このような表示部はHey you!(作詞:三浦徳子、作曲:多田慎也木之下慶行)より引用させていただきます。

 

 

とにもかくにもHey you!大好きで、

今更すぎるんですが、語らせてください。

 

振り付けも可愛いし、

イントロの勢いもワクワクを感じるし、

全体的にまるっと大好きで、

 

そんな中で、一番好きなフレーズを選ぶなら、

 

勉強ばっか それが 君の On stage

 

です。

 

ほんっとにありがたいフレーズです。

 

途中まで

 

Hey you ! どうだっていいじゃん 

 

なんて破壊力抜群な適当に思えるような歌詞が続くけど、

相手の(おそらく力を入れて)やっている分野を「On stage」とみなして、

尊重してるような歌詞が出てくる。

 

これ、すっごいことだと思うんですよね…

 

 

今はもう、年も取って、

自分のことは自分、というか、

自分を自分で肯定する、なんてことが出来るようになってきましたけれど、

それでもこの歌詞には助けられました。

 

以下、歌詞中の"君"の方を女の子と想定して。

 

例えば、勉強なんかできなくても、放課後がんばればいいんだよ、みたいな、

勉強ができること、と、女の子として可愛い(と表現しておきます)を

比べられて、同じ軸で語られると、

どうしてもヘコんでしまうんですよね…

 

ほぼほぼ、自分がその辺を上手くやってこれなかった、ってだけの話だと思うんですけれど。

 

(ここで言いたいのは、"なんか"ってところがチクリとするってことです、勉強も頑張っておしゃれも楽しむとかっていう並列じゃなくて、>っていう記号で表せてしまえそうな"なんか")

 

(両極端な話になるけど、頭が良くてもそう見せる、みたいなのもあるだろうし、何に力を入れるかなんて人それぞれです)

 

(気にしなければいいんですけどね、ほんとこれに尽きるんですけど)

 

 

世間のみんなは間違っている!

真面目こそ至高!

って言ってるんじゃなくて、

(上でも言ってるように、そうでない方が生きやすいと思ってますし、

 そっちの方が"頭がいい"のかも)

そりゃ勉強ばっかしてないで外で元気に遊んだり、

メイクの勉強したりも大事で、

ようはバランスと生き方の選択の問題ですかね…

 

ただただ、自分個人として、そういうフレーズを聴くたびに、

ちょっとチクリとする。

 

 

だから、初めてHey you!を聴いた時は興奮しました。

 

こんなフレーズを、歌ってくれる(傲慢かよ!)んだ、アイドルが。

 

 

付け足すなら、

 

Hey you! どうだっていいじゃん Say so! 何、気にしてんだよ

 

のあとに、件のフレーズが続くので、皮肉っぽいっちゃあ皮肉っぽい(というか拗ねてる?)んですけどね。

 

※解釈は、こういう意味/意図であってほしい、みたいなのものの上に成り立ってますね…。

 

そしてそのあとの、

 

 Hey you ! 解けない謎は Say so ! 解けないまんまで

歩道橋眺めていようぜ

徹底的 遊べば テッテイテキ 変われる

 

での適当っぷりというか、

肩肘張らない感じも、とてもありがたいです。 

ビバ!適当!

 

勢い余って電柱にぶつかりそうなイントロや、

全体的に朗らかな曲調、

聴いた時に浮かぶ笑顔で踊り狂ってる姿なんかも相まって、

根詰めていたのに納得できるような解が出ない時なんかに聴くと、肩の荷が降りるようでとても助かっています。

 

娯楽とも言えるアイドル楽曲に何を求めているのだ、という感じですが、

ほんとにたくさん救ってもらいました。

 

私のための曲かもしれない、なんてずうずうしくも思えるほどです。

 

 

 

自分で自分を律するのがそりゃ一番だし、

真面目に生きてく責任は自分にあるし、

自分のことを肯定できるのは結局自分なんですけど、

それでも、Hey you!の救済力は尋常じゃないと思うので、

もっといろんな人の耳に触れる機会があればいいな、と思う次第でございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイドルを愛でることの罪悪感の懺悔

懺悔をしたい。
 
アイドルにハマり始めて数ヶ月。
最近、自分は少年という生き物が好きなだけで、彼らを応援しているわけではないのかもしれない、消費してるだけかもしれない、と謎の罪悪感にさいなまれ、意味のない、かつ、気持ちの悪い自問自答を続けている。
 

昔から、少年というものに特別興奮するタチである。バイブルは萩尾望都の「トーマの心臓」。寄宿舎もの大好き。あさのあつこの「バッテリー」や「NO.6」は鉄板。長野まゆみももちろん読む。リボンタイとセーラー服の少年のイラストなんてのも描く。そんな風に生きてきて、2次元においては少年というものが好きだ、と自覚している。

 
そして、これが現実世界となっても、少年好きというのはあまり変わらない。ミーハーなので、女の子にも、かっこいい人やかわいい人も、美人な人にも否応なく惹かれるのだが、それが少年となるとときめきの度合いが全く違うのである。ちょっと定義を大きくすればショタコンとも言えるのかもしれない(ただ、性的≒恋愛対象とはならないので、正確には違う気もする)。おそらく、成熟しきる、到達点はここ、という一歩手前が好きなのだと思う。なぜ少年というものは、それだけで魅力があるのだろうか。
 
今まではあまり、ひとりの人にハマることがなかったので、それで良かったし、特に何とも思わなかった。世間的にも、少年特有の魅力、儚さゆえの輝き、みたいなものは認められてる雰囲気があったように思えたし、自分が特別、少年が好きというよりは、世間一般的にそういうこと言われてるよね、くらいの認識だった。
 
それが、最近、ひとりの人を好きだと感じ、応援したいと思い、心酔し始めて、勝手に罪悪感を感じるようになった。その人はちょうど少年から青年への過渡期にあるというか、ほぼ(自分の中では)青年と言えるような雰囲気をまとい始めている。雑誌で昨年末の写真を今みると、とても幼く見える。今年の春頃の写真はまだ、「ぼく、何にも知りません」って吹き出しで書いても違和感無さげだけど、今の彼の写真につけるなら「何が知りたい?」って感じである。外見や表情だけとっても成長が著しくて、今この一瞬一瞬を見逃してはならない、という気持ちになる。また違った話になりそうだ。
 
今、彼のパフォーマンスや写真をみて高まる気持ちは一時的なもので、このまま成長して行ったら、興味を失うのではないだろうか。彼らの成長を応援できてないのではないだろうか。そして、新規でお茶の間のファンであるとはいえ、この気持ちが小さなトゲとなって、彼らへ凶器になることはないのだろうか(そして、こうやってネットに載せてしまうことも。それより吐き出したい、という気持ちが勝ってしまった)。彼の成長を喜べない、ただただ消費する、とてもひどいやつなのではないだろうか。と、一丁前に気に病んでいるのである。
もちろん、担当制度というものには反していると思うし、応援してる子を自担と呼べないのもこの辺が所以なのかもしれない。テレビなどで聴く元子役の方の話などを見聞きすると、勝手に、胸が痛む。
 
そもそも、今のようにハマる前まで、アイドルというものは桜のように刹那的な魅力を楽しむもの、という考えが強かった。アイドルを通過して、俳優や歌手になっていく、彼ら彼女らの人生の通過点。だけど、じゃにはエンターティナー的側面が強い印象を受けるので、通過点ではなくて、アイドルが全てを内包しているように感じる。彼らに(アイドルとしての)明日があるかは分からないし、そんな未来のことを言ったら鬼が笑いそうだけど、多分、彼らは永遠にアイドルをやってくれるのではないだろうか、という前提で話を進めると、刹那的な魅力のみ(その子のその時々を楽しむのではなくて、その時のみを)を楽しむことは彼らが目指していることとは違うのではないだろうか(彼らが実際、どうなっていきたいのか、そしてどうなって行くのか、なんてただの推測、妄想にすぎないのだけど)。
いわゆる旬と呼ばれる時期が終わったら-おそらく、これが少年時代、にあたるのだと思うー私の興味は薄れて、つまりは、ただただ少年であることを愛でているだけなのではないだろうか。
 
さらに、少年的要素を自分は重視してるのではないか、というものに加えて、彼らの苦労や悩みすら、コンテンツ的に消費してしまっているのではないか、という悩みも付いて回る。雑誌のインタビューとかそういうものを読んでるときに、ごくごくたまに、思うことがある。(あえてこういう表現をするけれど)2次元アイドルのときはそこまで、思わなかった。それは、やっぱり、彼らの物語を見ることが主である(と自分が認識していた)から。だけど、彼らは生きてる人間で、そういう点では私と同じで、それを読んで感傷に浸るのって、どうなんだろうって。
 
アイドルを愛することは楽しい。だけど、他と比べて、彼らは彼ら自身が対象である割合が多い。それを愛することはとても、とても難しい。
 
以上で懺悔は終わり。ほんと、誰に向かって言ってるんでしょうか…。だれに許してほしいんだろう、ただ自分で正当化したいだけだとも思う。
 
でも、こんな風に考えていたけど、今では開き直って、というか、そういう物語とか色々コミでアイドルってものなんだろうし、自分は自分がその時々で好きな人を応援していけばいいや、と思っているし、今の所は彼への好きやら尊敬やら応援する気持ちは日に日に募る一方であり、当面はこんな心配より己の財布を心配した方が良さそうである。私はただの一ファンである。
 
と、ここまで文章を書いて、ザ少年倶楽部のクリスマススペシャルを見た。やはり、彼を前にしたら私のもやもやなどは健やかに晴れ渡り、ただただ楽しんでいただけであった。私のトゲなど砂の一粒である。財布の心配をしよう。
 
(おそらく2015年の末に書いた文章ですが、たまに、ふと思うのであげてみました。
基本は「かわいい!かっこいい!やっぱ最強最高!!!!!」って感じで応援しています)